July 02, 2008
ストレンジ・デイズ − Strange Days (1995)
■忘れられない映画 その40□邦題:ストレンジ・デイズ
□監督:キャサリン・ビグロー
□出演:レイフ・ファインズ、ジュリエット・ルイス
美人女流監督キャサリン・ビグローがジェイムズ・キャメロンの製作総指揮と脚本を得て撮った作品です。このブログで取り上げている「ブルー・スチール」も大好きですが、この作品も大好き!
【ストーリー】
狭いヴァンの社内にひしめくストッキングで覆面した数人の男達。画面はその中の一人の視界を写しているように見える。これからまさにレストランに強盗に入ろうと興奮気味に騒いでいる。車から降りレストランの裏口から突入し銃を振りかざし人々を脅しながら厨房を抜け一気にフロアへ押し入ると店の男を脅してレジの金をいただく。客と従業員を一つの部屋へ押し込めたところで、早くもパトカーのサイレンが聞こえる。慌ててわめきながら建物の屋上へと逃げる強盗集団。一人が勢いをつけて隣りのビルへとジャンプし、もう一人が急かされて後に続くが失敗落下した途端にノイズとともにテレビのスイッチを切ったように画像が消滅する。
「くそっ!言っただろう!こういうのは嫌いなんだ!」飛び上がり文句を言っているのはレニーと言う男で、彼は人の体験を記録し特殊な装置でそれをあたかも自分が体験してるかのように見ることが出来るディスクのディーラーをしているのだ。彼が見ていたのは強盗し逃げ損ねて死んだ男の体験ディスク。売人の男は、記録した時に血まみれになった装置の修復代が欲しいなど言い、なんとかそのディスクを買ってもらおうと必死だ。レニーは文句を言いながらも値切り500ドルで買うことにする。
1999年12月30日。21世紀を目前として、世界中が世紀末の混乱と新世紀への期待の中にいた。ロサンジェルスは犯罪と暴力で溢れ、まともな人間は車なしては街を移動出来ないほどだ。

レニーは夜の街を車で移動し、ディスクの闇取引に勤しむ。スクィッド(SQUID)というその体験記録装置は、もともと軍が開発した機能を利用したもので、体験者の頭に記録用のヘッドギアをつけることでその人物の体験を記録し、再生用のヘッドギアで人の体験を再生するのだ。ディスクは高値で取引されるので、危険なことを体験し記録して売るものは後を絶たない。レニーはその夜疲れ果てて帰宅すると、何よりも先にスクィッドでディスクを体感する。それは過っての恋人フェイスとの楽しい時を自分で記録したディスクだ。ビキニ姿でローラースケートしながら彼と戯れるフェイスの姿。部屋で愛し合う二人…ディスクが終わると空しさと寂しさに襲われる。今は街の悪党の女になり、夜のクラブで人気のパンク歌手になっていた。レニーは彼女を諦めたわけではなく、なんとかして彼女を取り戻したいと、危険なクラブに訪れては彼女と会う機会を伺っていた。

たとえ会えても彼女は「わたしたちは、もう終わったのよ!」とレニーを遠ざける。その頃黒人の指導者とも言われるジェリコというラッパーが何物かに殺されたことがニュースで報じられ、黒人差別問題が悪化していた折りで、黒人社会に大きな波紋となる。レニーはもともと警官だったが、問題を起し首になっていた。彼が警官の頃に出会った黒人女性メイスはレニーにとって頼れる友で、唯一甘えられる人物だった。メイスはフェイスに去られ、違法なディスクのディーラーをしながら、まともな生活をしていないレニーに腹を立てながらも、彼が必要とする時はいつもそばにいてやる親友のような存在なのだ。彼女は亭主が投獄され残された子供を養うため危険なロスの街でハイヤーの運転手をしている。

ある夜、レニーの知り合いの娼婦アイリスが消息を絶つが彼女はそれ以前にレニーに助けを求めながらディスクを託していた。しかし、そのディスクがみつからない。そんな時レニーに送りつけられて来た一枚のディスク。メイスの車の後部座席で、彼女が嫌がるの知りながらこっそりディスクを再生するレニーが体感したのは、アイリスがレイプされながら殺されるのをやる側とやられる側の両方の体験を同時に記録した殺しのディスクだった。なぜアイリスは殺され、レニーにそのディスクが送られてきたのか?その時すでに、レニーは恐ろしい陰謀に巻き込まれていた。
2000年問題(Y2K)という言葉・・・懐かしくありませんか?1999年から2000年に切り替わることで、コンピュータが誤作動を起こす可能性が示唆され、2000年の年明けにはJRが念のために運休を見合わせたり、一部の銀行で誤作動が出たりしたものです。しかし、騒がれたほどの事件は起こらず、ほっとした年明けでもありました。この映画自体は1995年の映画なんですがね。この映画は結果、ロス暴動を再現しているような映画なんですが、こんな映画が公開されてからほんの10数年の後にアメリカでは黒人大統領が誕生するかもしれないという時代が来ているなんて・・・なんか、時代の流れを感じさせられます。
本作は登場人物が多くて、しかも絡み合っているためにちょっと話の筋が分かりにくいです。沢山のことが絡み合っている中で、2人の女フェイスとメイス、そして主人公のレニーの関係が結構面白くて、こんな筋の中でキラリと光る切ない女心がなんとも・・・わたしがこの映画が好きな理由かもしれません。実際、ごちゃごちゃしすぎて語れない部分が多ですが、ボディガードの役割も果たせそうな強くて頼もしい女メイスが、自分を捨てて去った女をいつまでも忘れられず、うじうじして、アルマーニの服にこだわるような軟弱なレニーの中の優しさを愛し、ひっそりと口には出さずに彼に思いを寄せている姿が、とっても切ないです。

若き日のレイフ・ファインズの優男ぶりがまたなんとも言えなく色気があって、わたしは大興奮の一本です。駄目男でも、女が守ってやりたいと思える男ナンバーワンという感じの役柄です。
それから、映画の中ではジュリエット・ルイスが生歌を披露しています。彼女はもともと自分でパンクバンドやってたと思いますよ。映画の中ではパティ・スミスのようなパンクでとても魅力的ですし、エンドクレジットではピーター・ガブリエルとディープ・フォレストの“While The Earth Sleeps”も聴けてサントラもいいです。この曲、何語で歌ってるのかわからんのだよな・・・。
とにもかくにも、かっこよくて、ハードで、それでいてキュンとするという、贅沢な映画です。
一人で寂しい年越しにでも見たい映画かな。DVDは今のうちに買っておかないと入手困難になりそうな気がします・・・。
June 29, 2008
世にも怪奇な物語 − Tales of Mystery and Imagination (1968)
■忘れられない映画 その39□邦題:世にも怪奇な物語
この映画は子供の頃に良くTVで放送されていた気がします。有名な監督が手がける3本の作品からなるオムニバス作品になっています。お気づきでしょうがタモリの「世にも奇妙な物語」はこのオムニバス映画からインスパイヤされたものかと思います。本作の英語のタイトルはイギリスでのタイトルにしましたが、フランスとイタリアの合作で多分“Trois histoires extraordinaires d'Edgar Poe”が原題です。
第一話:黒馬の哭く館 原題:Metzengerstein
監 督:ロジェ・ヴァディム
出 演:ジェーン・フォンダ、ピーター・フォンダ
【ストーリー】
美しく残忍な性格の女伯爵フレデリカ・メッツェンゲルシュタインは自分の屋敷で日々思いのままの生活をしていた。横暴な彼女は欲しいものは必ず手に入れる。男も女も、自分が求める相手には有無を言わせないのだ。そんな彼女には誰もが逆らうことなど出来ない。ある日森の中、馬を下りて歩き出した彼女のは獲物用の罠に誤って足を咬まれてしまう。苦痛に声を上げる彼女は離れたところにやはり馬を連れた男の姿を見つけ、「助けて」と声をかける。彼はウィルヘルムという名で彼女にとっていとこでもあった。フレデリカは自分の敷地の近くに住む貧乏なその男爵の姿を見ては、笑いものにしていたが、彼は彼女にも他の者たちの中傷もまったく気にも留めていない様子だった。ウィルヘルムはさほど急ぐ風でもなく、彼女の元へやってくる。互いの姿に一瞬見入る2人だが、フレデリカが「早く外して!」と命令口調で言うと、」彼は罠をはずし、「雌狐は罠にかかってケガをしていても、罠を外せばすぐに逃げる。」と話す。フレデリカは彼のその言葉と視線に戸惑い、一瞬俯く。再び顔を上げるとウィルヘルムの姿はもうどこにもなかった。
その日以来、フレデリカはウィルヘルムのことが忘れられなくなる。彼にもう一度会いたいという思いで、森へと出かけ再び彼を見つける。動物を愛する彼は無口で、彼女の姿を見ても声一つかけず、ただ黙って彼女の元にやってくる。寒い森でマントを羽織っているウィルヘルムに、フレデリカは「寒いは、わたしの屋敷では男が女にマントを貸すわ」と言うと彼は優しく彼女を自分のマントの中に包みこむ。気を良くしたフレデリカは「私の屋敷には野獣のような人間ばかり。無口なあなたも彼らとなら話が出来るわ。今夜来ない?」と誘うが、「お門違いだ。」と一言で素気無く断られてしまう。

機嫌を損ね、屋敷に戻った彼女は、彼女がしてきたやり方でしかそのどうにもならない気持ちを抑えることが出来ない。彼女は復讐しようと召使に彼の屋敷を燃やせと命令する。
火が放たれ、彼の屋敷が全焼したことを知らされ満足する彼女だったが、屋敷の中に飾られた多きな黒い馬のタペストリーに見入っている時、外の騒ぎを聞き駆けつけると、そこには真っ黒な馬が狂ったように暴れ、誰もその馬を抑えることが出来ないでいる。その馬は火事に追われてどこからともなく現れたというのだ。ところが、彼女がその馬に近づくと、とたんに馬は大人しくなり、手を差し出せば馬は彼女に身を任せ、彼女は馬の頭を撫でる。その時、召使の一人が現れ、彼女に告げたのは、ウィルヘルムの死だった。彼は愛馬を火から救う為に馬小屋へ入り、そのまま火に呑まれたと言うのだ。フレデリカはウィルヘルムの死は望んでいなかった。彼女はひどく動揺し、部屋へ戻ると、タペストリーの黒い馬がほとんど焼けてしまっているではないか。恐ろしくなり、召使を呼びつけると彼女はその馬の修復をしろと命令する。それ以来彼女は、彼女にだけなつくその暴れ馬に憑かれたように、雨の日も風の日もその馬と時間を過ごすために遠出するようになる。
第ニ話:影を殺した男 原題:William Wilson
監 督:ルイ・マル
出 演:アラン・ドロン、ブリジット・バルドー
【ストーリー】
額から血を流し、白い軍服の男が必死の形相で町を走り、たどり着いたのは教会の懺悔室。彼は神父に懺悔をしたいと迫り、話し始める。
彼、ウィリアム・ウィルソンは子供の頃から恐ろしいほどに冷酷で頭が良く、誰もが認める美男子だった。しかし、その邪悪さは幼い子供とは思えないほどで、仲間とつるんではターゲットとした者に対して執拗な苛めを繰り返していた。ある日、学友の一人を裸にしてロープで吊るし、沢山のねずみの入った樽の中すれすれまで引き下げては上げ、恐怖に慄く姿を楽しんでいるウィリアムと仲間達だったが、突然一人の少年がウィリアムの目の前に現れる。少年の背格好はウィリアムと同じくらいで、顔も彼に良く似ている。楽しんでいたところを邪魔されたウィリアムはその少年に詰め寄り、「お前は誰だ!」と訊くと、少年は答える「ウィリアム・ウィルソンだ!」と。その日から寄宿舎での生活に加わったもう一人のウィリアム・ウィルソン。ウィリアムは彼が気に入らず、ある晩眠っているもう一人のウィリアムにのしかかり、首を絞めて殺そうとするが、教師に見つかり二人とも放校されることになる。
懺悔室では、神父が自分の寄宿学校時代の話をするウィリアムに「子供の頃の悪夢がよみがえったというわけか・・・」と真剣に取り合わないが、ウィリアムは話を続ける。

その後青年になったウィリアムは、気まぐれで医学校へ進学する。そこで解剖の授業を受けるウィリアムの姿。その晩、仲間達とたむろして歩いているウィリアムは通りがかりの美しく若い女を捕まえると、彼女を解剖の授業さながらに、裸にして解剖台に縛り付け、メスを振り回しながら、昼間の授業の教授のマネをしながら、恐怖に震える彼女の身体に今にもメスを入れようとしているところへ、再び一人の男が現れる。ウィリアムはすぐにそれが誰だかわかる。なぜなら彼はウィリアムにそっくりだったからだ。現れた男は、ただ立ち尽くしているウィリアムと仲間達をよそに、女の縄を解いてやる。彼女は立ち上がり、自分を助けた男を見ると動揺し、とっさに、ウィリアムに助けを求めすがりつこうとすると、ウィリアムが手にしていたメスが彼女の腹部に刺さる。
懺悔室では神父が「彼女は死んだのか?」と尋ねるがウィリアムは「そんなことより!」とまくし立てて、その自分と同姓同名で背格好も顔も何もかも同じ男にその後も事あるごとに付きまとわれ、その挙句の果てに起こった信じられない事実について語り始める。
第三話:悪魔の首飾り 原題:Toby Dammit
監 督:フェデリコ・フェリーニ
出 演:テレンス・スタンプ
【ストーリー】
ローマでの映画撮影のために空港に降り立ったイギリス人の俳優トビー・ダミット。青白い顔に、ふらふらとした足取り、世界的に成功してきた彼だったが、1年前から仕事も来なくなり、ようやく来た仕事だった。彼はしばらく前から白い服の少女が白いボールを抱えて彼の側に現れるという幻覚を見ていた。彼にとってその少女は悪魔のようにも思えており、ローマに着いて、報道陣と関係者に迎えられ、TV番組出演のためTV局へ向う車の中でも、既に酒によっているような状態で、番組収録中も同様だったが、もともと人気の俳優。周囲はそれでも彼をちやほやしてくれる。イタリアのオスカーと言われる賞の授賞式にも招待されたトビーだったが、自分の出番までの間も、どんどん精神状態が悪くなり、自分が惨めに思えてくる。延々と続くように思われる授賞式、彼の出番になって、舞台へ上がり、華々しく紹介されながらも、彼が発する言葉に何故か誰も反応せず、彼は遂に自分の本音をぶちまける。会場から逃げ出してしまう。

まるで彼の為に用意されていたかのように置いてあるスポーツカー。鍵が渡され、彼は猛スピードで空港へ向かおうとする。狭い通りをけたたましく走り抜ける車。まるで闇雲に走らせているかのようだ。狂ったかのように車を走らせ行き着いた橋の入り口で、彼は再び少女を見る。金髪に真っ白い服を着て白い大きなボールを抱きかかえる少女。少女はいったい何のために現れるのか?その時彼はその少女が何者なのか確信を持つ。
エドガー・アラン・ポーの話らしい、怪奇な話3本。どれも同じくらい印象深く心に残っています。第一話「馬の哭く館」ではジェーン・フォンダと弟のピーター・フォンダが切なく悲しい運命の男女を演じています。
わたしはピーター・フォンダをそれほど好きだと思ったことはないのですが、今改めてこの作品での彼の姿を見ると、なんというか・・・美しい・・・と思ってしまいました。ほっそいです。そして、未だに悔やんでいる・・「なぜわたしはロジェ・ヴァディムの作品を観ていないのか・・・?」ずっとずっと見たいと思っていながら、見ていない・・・。特に「血とバラ」は学生の頃から見てみたいと思いながら機会を逃し、今に至っています。ジェーン・フォンダ主演の「バーバレラ」もまともに見た記憶があありません。ジェーン・フォンダってそんなに綺麗とは思いませんが、この作品での彼女はなんとも言えなく美しいです。特に、黒い馬と語らう姿・・・そして演技・・・やっぱ上手いです。ちょっとした表情が本当にいいです。そして、アラン・ドロン。第二話「影を殺した男」は、もう日本語のタイトルですぐに結末が分かっちゃいますね。
ドッペルゲンガーの様な話です。丹精な顔立ちのアラン・ドロンは冷酷で、顔色一つ変えず女をいたぶります。冷血漢な感じが良く出てて、そしてやっぱ美しいです。ブリジット・バルドーがまた、真っ黒な髪に当時特有の目の縁をこってりと黒く塗り、妖艶な姿d登場します。ドロン演じるウィリアムに鞭で背中を打たれまくります。第三話の「悪魔の首飾り」はなんともいいタイトルです。そしてこの作品の少女のシーンはずっと私の心に不気味に残っていました。この少女のまねっこしている映画をわたしは知っています。「フィアー・ドット・コム」と言う拷問生中継サイトの話で、ある意味「りんぐ」のパクリ映画で、そっくりな少女が出てきます。(写真はちっこいのがフィアー・ドット・コム)
主役のテレンス・スタンプもまたいいですねぇ。若い頃の彼の姿をそうは思い出すほどわたしも年取ってないですが(?)、こうして改めて見ると、レイフ・ファインズにルトガー・ハウアーの粘りを足したみたいな感じですね。話としてもこれが一番気味悪い話なんですが・・・実はわたしはフェリーニ氏との相性が悪く、どうしても眠くなっちゃうんです。だから授賞式でのシーンは、今見ても眠くなります。イタリア映画自体、どうも好きじゃないんだよなぁ・・・・。こってこてな感じが・・・。しっかし、このDVDをビックカメラの店頭で発見した時は、懐かしさのあまり手が震えました。しかも、DVD化されていたとは・・・。実はまだ見てないんですけど、日本語吹き替え版は、子供の私が自宅で見ていた頃のTV放送そのままなようです。TV用にカットされた部分は吹き替えがないので、字幕になっているそうで、そんなの見るのもちょっと楽しみです。おまけにこのDVDはググッドプライスでした!!!
巨匠といわれる3人と監督達なのでそれぞれの個性がしっかりありますが、一本の作品として凄く良く出来ているオムニバスですね。原題は全てその主人公の名前ですから、個性のぶつかり合いというより、融合した感じのオムニバス作品です。ゆったりとした時間の中で見たい一本。
June 08, 2008
悪魔のシスター −Sisters (1973)
■忘れられない映画 その38□邦題:悪魔のシスター
□監督:ブライアン・デ・パルマ
□出演:マーゴット・キダー、ジェニファー・ソルト
本年2月に日本でも公開されたダグラス・バック監督の「シスターズ」はこのデ・パルマの映画を原案としています。デ・パルマの初期の作品。何よりも忘れられないのはマーゴット・キダーの顔・・・まだあどけなさの残る少女のような顔が一瞬にして歪み、狂気の表情に変わります・・・こわ〜い!!
【ストーリー】
黒人の若い男が着替えるジムの更衣室。そこへサングラスをかけ、杖を片手に盲目の美女が現れる。彼女は男の存在に気付かず服を脱ぎ始める。さてさて、これはTVのクイズ番組のワンシーン。画面はそこでストップし、クイズショーの司会者が、回答者たちに投げかける問題は、この後黒人の若者がどうするか。「黙っている」「見ている」「立ち去る」。答えはビデオで黒人の若者が音を立てずに立ち去る姿を写す。回答者は全員はずれ。司会者はこのビデオに出演していた2人を紹介する。盲目の美女を演じたのはモデルで女優の卵のダニエル。そして黒人の若者フィリップは広告の仕事をする一般人だ。出演者には番組からプレゼントが贈られる。

ダニエルには豪華なキッチン用ナイフのフルセットが、そしてフィリップにはアフリカンルームというパブのペア招待状。ダニエルとフィリップは初対面だったが、ダニエルは番組の後親しげにフィリップに近づき、危なげなフランス語訛りの英語でフィリップに食事をねだる。2人が楽しげにアフリカンルームで食事をしているところへ、一人の男が現れダニエルに「帰ろう」と声をかける。ダニエルの話だとその男エミールは1年前に分かれた元夫で、彼女に付きまとっているとう。興奮したダニエルを見て、フィリップは店員を呼びなんとかエミールを追い出し、フェリーに乗ってダニエルの家へと向った。ダニエルはフィリップに甘え、フィリップもまんざらではない様子。家に着くと、酔ったダニエルは服を脱ぎ散らかし、フィリップはそんな無防備で明け透けな彼女を可愛いと思うのだった。窓のカーテンを下ろそうと窓の外を見るフィリップ、向かいのマンションの窓から女の姿が見える。ふと下を見るとエミールがいるではないか。後をつけてきたのだ。フィリップはダニエルに自分が一度外に出て、エミールには自分が帰ったように見せかけようと提案する。エミールをマションから引き離し、戻ってきたフィリップをダニエルはソファの上で迎える。ガウンの胸をはだけて、フィリップを誘い、彼女のガウンから肢体が露になると、わき腹には大きく醜い傷があるのが見える。フィリップはその傷には気付かない。
朝、ベッドで目覚めるダニエルは苦痛のうめき声を上げる、いつもの頭痛の発作がおきたのだ。眠るフィリップを残し、ベッドを抜け出すダニエルは洗面所に向かい赤い薬を手に取る。4錠残っているうちの2錠を飲み、残りを洗面台のくぼみにおいて置く。腰掛けてようやく少し落ち着きを取り戻しすと、隣の部屋から彼女を呼ぶ声がする。顔をしかめながら、その部屋へ向うダニエル。部屋からは言い争う声。ドミニクとダニエルは双子の姉妹で、ドミニクは夕べの彼女の行動を嫉妬しているのだ。その声に目覚めたフィリップは起き上がり洗面所へ行くと着替えを始める。ダニエルが置いておいた赤い錠剤に気付かず、シャツを着る時にその袖が錠剤をはらい落としてしまう。ダニエルが現れ、その日が妹のドミニクと自分の誕生日だが、ドミニクはずっと入院している病院へ戻らなければならないので、そのことも彼女が苛立っている理由だと言う。そして、薬が残り少ないので、薬局で買ってきて欲しいと頼む。フィリップは快く買い物を引き受け、出かけてゆく。フィリップが出かけると、ダニエルは残りの錠剤を飲もうと探すが置いた場所には無い。フィリップは薬局での薬を買い、その帰り道にケーキ屋を見つけると、誕生日のダニエルにケーキを買ってゆこうと思い立つ。ケーキ屋でケーキに文字を書いて欲しいと頼むが、まだ職人が来ていないと言われ、なんとか店員に書いて欲しいと頼む。文字は「誕生日おめでとう、ドミニクとダニエル」だ。

慣れない作業に時間のかかる店員にそっと手を貸すフィリップ。帰りの遅いフィリップ。ダニエルは電話で誰かに「薬がもうないので、早く持ってきて欲しい」と苦痛に耐えながら話している。彼女はいよいよ苦しみだし、倒れ身体をよじって苦しんでいる。ケーキに文字を書いてもらい、ようやくフィリップが部屋へ戻ってくる。ベッドでぐったりとうつぶせで寝ているダニエル。フィリップはすぐにキッチンへ向い、ケーキにの蝋燭に火を燈すと、ダニエルが賞品としてもらった大きな包丁をケーキの下に挟み込み、眠っているダニエルのところへ持ってゆく。ダニエルの顔の側にケーキを差し出し目覚めた彼女に、「どう?驚いた」と言うとダニエルは顔を上げ包丁を手に取る。ケーキをベッドに置こうとするフィリップ。突然包丁で切りつけられフィリップが声を上げると、身体を起こしたダニエルが闇雲に包丁を突き刺し、彼の口を大きく切り裂く。ダニエルは目はうつろで歪んだ顔はまるで別人のようだ。投げ捨てられた包丁に向って息も絶え絶えに這っているフィリップ気付くと、ダニエルは再び包丁を手にしてフィリップの背中に何度も包丁を突き立て、別の部屋へ逃げてゆく。瀕死のフィリップは最後の力で昨夜女性の姿を見た窓まで這って行くと、その窓に自分の血で「助けて」と書き息絶えるのだった。

ブライアン・デ・パルマの生み出した画面2分割で複数の場所で起こっていることを映し出す手法は既に使われていて、フィリップが殺された後、向かいのマンションで一部始
終を見ていた女性記者グレースが警察を呼んで、彼女が過去に書いた警察を批判する記事のためか、なかなかダニエルの部屋へ行こうとしない刑事とやりとりしている間に、部屋に現れたエミールによって、殺害現場の証拠がどんどん消されてゆくのをスリリングに映し出します。

今見ても、怖いです。何がってマーゴット・キダーです。彼女は後にクリストファー・リーブの「スーパーマン」シリーズでヒロインのロイス・レーン役で有名になりますが、この映画の中では真っ白な肌に紅潮した頬、まだあどけなさの残る少年のような顔立ちが、どんよりとくぼんだ目に不気味に歪んだ口元に一変するんですが・・・・あの顔は一生忘れないくらいの勢いで記憶に残っています。フィリップが殺されてからは、女性記者グレースが自分の見た殺人を証明しようと探るうちに、ダニエルとドミニクがシャム双生児として生まれ、世界的に話題になった分離手術を受けた人物であることが判明して行くのだが、このシャム双生児という言葉の響きがまた、なんとも不気味な響きで、ただの多重人格ものとは一線を画した映画になってる気がします。

本年2月に東京ではシアターN渋谷(元ユーロスペース)の単館上映で公開された「シスターズ」はどうだったかというと、これは余計な解釈を加えたことが失敗だったのか?デ・パルマ版を見ていても見ていなくてもどこか中途半端で????な感じでした。この作品の一番の見せ場であるフィリップの殺害とその後始末くらいまではデ・パルマ版よりも昨今の技術とか残忍性の高い映像やセックスシーンでかなり引き込まれる作りになっていたのに・・・必要以上ににダニエルと女性記者グレースを精神面で関連付けようとした結果、デ・パルマ版とはまた異なる解釈の結末になっています。

これがはっきりと異なると言い切れないのがまた、もやもやして嫌なところなんですが、デ・パルマ版で匂わせた部分をすんごく引き出して新解釈の基に作ったというのが正しいのかもしれません。
見終わって、残念・・・・としか思えない映画でした。
あまりに更新しないので、忘れ去られそうなブログですが、まだまだ読みにきてくれる人は結構いらっしゃるようで、ありがたい限りです。一応生きていますので、宜しくお願いします。
最近は映画館にはなんとか時々足を運んでいるものの、最新の未公開映画まで家で見る時間が取れず・・・紹介出来ないし情報薄になってしまいました。それでも見捨てないでね。


