July 26, 2008

ミスト  − The Mist (2007)

The Mist Poster■忘れられない映画 その43

□邦題:ミスト

□監督:フランク・ダラボン

□出演:トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーディン、ローリー・ホールデン

過去に見た“忘れられない映画”を書き連ねているこのブログですが、一応最近の映画もちゃんとたまにですが、観に行っているんです。久しぶりにぐっさり来るのを見たので・・・って見たのは5月頃ですけど、あの衝撃のラストは忘れたくても忘れられない・・・・。

【ストーリー】*かなりネタばれです。

デビッド・ドレイトン(トーマス・ジェーン)は映画などのポスターを描く商業デザイナー。湖のほとりの家で妻と幼い息子ビリーと3人で暮らしている。ある晩激しい雷を伴う嵐が周辺を遅い、一家は地下室へ避難し夜を明かす。翌朝、嵐もおさまり、家の状態を確認する。彼の作業場でもある書斎は窓が割れ、描きかけの絵も台無しになっていた。湖に面した裏庭もひどい有様で、以前から仲たがいしていた隣人の黒人弁護士ブレント・ノートンの家の敷地内にある大木がデビッドの車を押し潰し使いものにならない。デビッドと妻ステファニーは湖の向こう岸に霧が立ち込めているのを見る。その霧はゆっくりと町の方向に移動しているように見え、デビッドは不自然なその動きを奇妙に思うのだった。とにかく、デビッドは隣人ブレントと交渉し、息子ビリーと共に、ブレントの運転する車で町のスーパーへ必要な物資の買出しに出かけてゆく。

スーパーは彼らと同様の目的の客でごった返し混乱していた。見る間にスーパーの外は霧で覆われ、数メートル先がやっと見える程に。人々はその不可思議な霧に動揺し始める。そんな時、スーパーに飛び込んできた一人の男は、息をきらし、大量の鼻血を流しながら、「霧の中に何かがいる!!」と言い、皆にドアを閉めるように言う。彼の姿を見てスーパーに居る人々の動揺は高まる中、突如大きな地震に襲われ、悲鳴が響く。既に外は視界ゼロの状態。スーパーに買い物に来ていた一人の女性が、「2人の子供を家に残してきた。誰か一緒に家に行って欲し」いと訴え始める。しかし、皆彼女と目を合わせることすら恐れ、首を横に振るばかり。必死に訴える彼女だったが、誰も助けるものが居ないとわかると、一人スーパーを出て霧の中へ消えてゆく。

スーパーの中には町の住人で顔を知っている者も居れば、知らない者もいる。中には軍服を着た二人もいる。そして町でも有名な狂信的な宗教家のミセス・カーモディ(マーシャ・ゲイ・ハーディン)。彼女は聖書を手に、これは聖書に書かれたアルマゲドン(黙示録)が現実になったのだと言う。普段から頭がおかしいと思われている彼女の言葉に耳を貸すものは誰も居ない。

The Mist 1














スーパーで足止めされた町の人々の中でビリーは唯一の子供だった。デビッドは息子ビリーのために毛布を取りに店の裏手にある倉庫へ行く。発電機から妙な煙が出ているのに気付くが、外との仕切りのシャッターが何物かに押されているのを見る。そしてそれと同時に妙な唸り声を聞く。彼はこっそりと倉庫係のジムと従業員ノームに発電機から煙が出ていることを話し、2人を倉庫に連れてゆくと、自分が目撃したことを話す。シャッターを開けて見ようという2人に反対するデビッドだったが、2人は彼を馬鹿にしている様子。ノームがシャッターを開け、外に出る。突然の悲鳴とともに、ノームは身体を半分巨大な触手に取られ、デビッドは近くにあった斧で一本の触手に振り下ろす。努力むなしくノームはその触手にさらわれたが、斧で切り落とされた触手の一部が残された。デビッドは店長バドと副店長のオーリーにその現場を見せる。バドは信じようとしないが、そこにある触手やデビッドの説明を冷静に受け止めたオーリーのおかげで、そこにいる全員がようやく現状を呑み込む。しかし、この状況を皆に信じてもらうにはどうしたら良いのか考えた彼らは、町でも信頼の厚い弁護士のブレントにまず話をし、彼の口から皆に状況を説明してもらうとう判断する。

The Mist 3






ところがブレントはそんな非現実的な話しは出来ないと頑なに否定するどころか、せまい空間で状況もわからずじっとしていることに疑問を感じ始めた数人の男達と外に出ると言い出し、デビッドたちはなんとか阻止ようとするが、彼らは言うことを聞かない。そこでロープを身体に巻いていればどれくらいの距離いいるかわかると判断し、銃を持った一人にロープをつけて送り出すことに。しかし、彼らもまた霧の中の何物かに襲われ、デビッドたちが引いたロープの先には、男の下半身だけが付いていた。

The Mist 2






図らずもこの事件で、スーパーの人々が事態を理解する結果となった。夜には外の生物がどのような行動に出るかわからない。スーパーのガラスを植木用の土や肥料の袋を積み上げてガードし、暗闇ではどうにもならないので、いくつかランプやガソリンのバケツを配置し、いつでも火を起こせるよう布を巻いた松明も用意する。その頃、宗教家のミセス・カーモディが聖書の言葉を読み上げ、今まで誰も彼女に耳を貸すものは居なかったが、数人が彼女の言葉に耳を貸すようになっている。彼女は夜になると怪物たちが襲ってくると言うのだ。

夜、人々が休息しているところへ、激しくガラスに当たる音。ライトを当てて見ると、巨大な土蜂のような虫が次々とガラスに向かって来る。虫たちが明かりに集まっていることに気付く前に、ライトを点ける合図をしていたがために、さらに明るくなったスーパーには恐ろしい数の虫が集まり、ガラスが割られ、一匹が侵入すると続々と入ってくる。松明に火を点け火で応戦しようとするが、混乱の中ガソリンのバケツを倒し、火災が発生し、一人が大火傷を負うことに。その虫に刺されると、見る見るその部位から腫れ上がり見るも無残な姿になり、ショック死するのだ。一匹の虫がミセス・カーモディの胸に留まる。彼女は震えながらも、ただじっとしており、虫は彼女を刺すことなく飛び去ってゆく。2人が死に、一人が重傷の火傷を負うにとどまった。これ以後ミセス・カーモディの信者はさらに増える。

火傷を負った一人はまだ生きている。デビッドたちはなんか彼を救いたいと思うが、抗生物質が必要だ。隣のドラッグストアへ行けば薬はある。そこで、デビッド、副店長のオーリー、を含む何人が、ロープをつたって隣のドラッグストアへ行くことになる。地元の教師アマンダ・ダンフリー(ローリー・ホールデン)と一緒にいたビリーは、父を必死に思いとどまらせようとする。彼は父デビッドに「約束して。僕を絶対に怪物に食べさせないで。」と言ってデビッドは約束すると言って彼を抱きしめる。

ドラッグストアで再び異なった恐ろしい状況を目にし、仲間を失いながらも抗生物質を手にして戻ったデビッドたちだったが、既に手遅れだった。そして、彼らが居ない間にミセス・カーモディへの信仰はさらに高まり、彼女は遂に生贄が必要だと言い始める。それはそこでたった一人の子供ビリーを意味していた。デビッドたちはアマンダ、老夫婦、オーリー、そしてビリーという圧倒的な少数派となっており、他はミセス・カーモディの信者達だ。彼らはドラッグストアの状況を見てきたことで、スーパーに留まっていても解決策は無いと判断し、スーパーを出て車で行けるところまで行くことを計画していた。圧倒的な数のミセス・カーモディとその信者たちが、彼女の言葉でビリーに襲いかかろうとする。

この作品はスティーブン・キング原作の短編「霧」(The Mist)の中の表題作です。20年以上前に読み、またしても自分がはっきりと結末を覚えていないことに気付きました。実際、原作の結末と映画の結末は異なり、映画は一歩進んだ解釈となっていますが、これはもしやスティーブン・キング自身も納得する結末かもしれません。

この映画、予告編を見たとき、まったく見たいとは思いませんでした。霧の中の怪物?最新のCGで上手く出来てるんだろうなぁ・・・でもきっとそれだけの映画になってるんじゃないかなぁ・・・と。おまけに、軍の実験の失敗により異次元がこの世に出現してしまったという発想が、もう古いと思ったのです。色々な映画で見てきたような、ある種ありきたりな話です。とにかく映画化するのが難しそうな話だと思ったんです。でも、あの「ショーシャンクの空に」や「グリーン・マイル」でキングの原作を見事に映画化しているダラボン監督・脚本なのでちょっとは期待してましたけど・・そして、映画の結末でそれは一変しました。ダラボンに脱帽。

The Mist 4

















結末が衝撃的なだけではないです。スーパーでも様々な人間模様が描かれ、人間社会の難しさを痛感させられます。人間社会の縮図がこのスーパーの中で描かれます。親と子、恋、愛、宗教、政治、絶望、希望、戦争・・・・

それらを見せられた後、最後の最後にこの作品は、あなたにこう語りかけます。
「あなたが信じているものは、本当にあなたが求めているものですか?」と。

社会において多くの場で指導者と言われる人々が活躍し、わたしたちはそれぞれにその指導者の元で生きています。会社の中でも、友達関係でも、リーダー的な存在はいるものです。その指導者にどんな形でも従いついてゆくということは、自分の責任でもあり、その指導者だけの責任ではないのです。もちろん、人を惑わし、騙し、指導者となる者もいますが、自分がその指導者を選べる立場であるならば、それは選ぶ側にも責任があるということでしょう。

この作品では、最終的に大きく2つの指導者に別れるわけです。宗教家のミセス・カーモディとデビッドです。映画を見ている側は当然デビッドをヒーローとして見ています。彼こそがこの作品の中でもっとも人間的で正しい行いをしていると思うのです。そして、ミセス・カーモディは狂った宗教家で、子供を生贄にする“悪”と思うでしょう。しかし、これからこの作品を観る人は気を付けて彼女の言葉を聞いて欲しいのです。彼女は何か間違ったことを言っているのでしょうか?彼女は人々を騙そうとしているのでしょうか?ただ、聖書の言葉を口にし、彼女の思想を口にしているだけなのです。そこにいる人々はただ、その場の恐怖から逃れたいが一心で、自分に都合の良い彼女の言葉を信じたい人々なのです。結果として、彼女の狂信性から生贄という行為へ発展してしまいますが・・・そうです、彼女は自分がそれを実行するわけでもなく、また人々にそれを強いるわけでもないのです。

デビッドも同じですが、彼はミセス・カーモディよりも自分の思うことを人々に訴えようとします。こうした方がいいのだということを論理的に説明し、自分が正しいのだという姿勢を見せます。彼の言葉に説得されたものが彼を信じてついてゆくのです。もちろん彼の人間性も信じているのでしょう。実際彼は真面目で正義感も強い、正統派の人間です。

しかし、この結末に、わたしは絶句しました。

******ここから結末です。******

デビッドたちは車でスーパーから脱出します。そしてガソリンがもつところまで行くのです。途中、彼自身の自宅で妻が蜘蛛の巣で繭にされている姿も発見し、絶望します。そして霧の中で車は止まります。霧は晴れず怪物たちの声があちこちから響いてきます。彼は銃を持っており、そこには4個の銃弾が残っています。デビッドを含め5人が車の中に居ます。もう逃げ場はなく、怪物たちに襲われるの待つか、自分達の命を自分達で終わらせるか・・・。「パパ、僕を絶対に怪物に食べさせないと約束して。」ダンフリーの膝の上で眠るビリー。デビッドはその約束を守るためにも、ビリーを撃ち殺します。そして、ダンフリー、老夫婦。誰もがデビッドの出した結論に納得したからです。

弾は使い果たし、後は自分を怪物に襲わせるために、車から降り叫びます。そこへ、少し晴れてきた霧の中から、軍の車が現れ通り過ぎて行きます。トラックの荷台には救出された人々が乗っており、その中にはスーパーで最初に、子供を助けるためにたった一人で霧の中へ出て行った、女性も乗っています。
その光景に、デビッドは狂ったように泣き叫び続けるのです。

わたしは、ただただ打ちのめされた気分でした。


アメリカでは日本とは異なり、国民が本気で指導者である大統領を選びます。ようやくブッシュ政権も終わろうとしていますが、彼も国民によって選ばれたのです。同じ過ちを犯すなと言う意味でも込められているのでしょうか?

とにかく、ヒーローの様に見えるからと言って、その人物が本当にヒーローかはわからない。人に惑わされることなく、真実を見つめること。そして、自分が信じた指導者の責任は自分の責任なのだとでも言っているのでしょうか?

この映画の中で誰が本当のヒーローなのか?2人の子供のために怪物のいる霧の中を誰にも頼らずに助けに行ったあの女性なのかもしれません。

もう一つのテーマ、それはもちろん、「最後まで決して諦めてはいけない。」ということです。

DVDは買いの一本だね。


Laurie Holden本作で心優しく強い女性教師アマンダ・ダンフリーを演じるのは「サイレントヒル」でシビル・ベネット役だったんですね。すっごく間逆なイメージで全然わからなかったです。








にほんブログ村 映画ブログへ




















liquidflame at 23:31│TrackBack(0)clip!忘れられない映画 2 

トラックバックURL